100分 de 名著 『野生の思考』 



タグを付けてやる

NHKで放送されていた伊集院光さんの『100分de名著〜野生の思考』。私は中沢新一さんの本は楽しく読んでおり『野生の思考』という言葉も知っていましたが、レヴィ・ストロースは『悲しき熱帯』は挫折しています。この番組でトーテミズムとタグ付けの関係を知りました。これは面白い。

人間にはタグ付けする能力があります。物質、現象、概念など目に見えるもの見えないもの全てに名前をつける能力です。例えば、私の住んでいる秋田県秋田市は海側は大和朝廷の文化圏であり、内陸部はアイヌの文化圏という境界に位置しています。アイヌは氷河を動物を追って歩いて日本に来ました。ヤマトは稲を担いで船を漕いで日本に来ました。

◉北から歩き。狩猟動物神・水平に移動・タンパク質。
◉南から船で。稲作植物神・垂直に成長・炭水化物。

植物神にも細かくタグ付けしイメージが細分化。
◉樫神・高く枝を張り、深く根を下ろす永続的な世界樹。学問的
◉稲神・毎年枯れ、毎年育くむことを永遠に続ける稲作。生活的

このようにタグをつけ、モノ・イノチ・コトが複雑に絡み合った世界の全体性を捉えます。そして朝夜、春夏秋冬、生と死といった時間の概念を知り、個人の死を越えるために山河神・植物神・動物神・星神のイメージを精妙に組み合わせ、宗教や国家ヴィジョンや金融システムを造りだします。このタグを付ける力こそココロの働きです。

モノ・イノチ・ココロを組み合わせ、料理を作ったり、家を立てたりと様々なコトができるのが人間です。そして、ゆくゆくは科学(知ろうとする力)と技術(加工する力)で宇宙さえ造れると夢想するのが人間です。この力強さに私は酩酊します。そして「今を生きる」とか「幸せ」とかを見逃すのです。

しかし、テクネーが(=知性が、=人間が、=生物が、)宇宙の中に宇宙を産むための装置であり、臓器であるというヴィジョンも捨てがたくあります。そのヴィジョンが、そのヴィジョンそのものを崩壊させるのを避けるため、私達はのんびりと他国の文化や、隣人の庭や、宇宙人の遺跡を巡らないといけないのかもしれません。

レッテルを貼ってやる

言葉の意味としては同じですが、レッテル貼りはステグマや烙印を押し、グループから排除するために機能します。(ミュート機能)タグ付けはグループに入れるために機能します。これは正反対の機能でもあり、同じ機能でもあります。タグ付け人の思考回路を整理する機能だとしたら、レッテル貼りは偏見や思い込みを回路にドンドン積む行為です。思考回路が淀むと社会も淀みます。

番組内でも近代建築思考とブリ・コラージュの対比が語られていましたが、料理で例えてみます。近代的思考はチェーン店の料理。栄養・鮮度・コストが最適化されますが、大量の食品廃棄も起きます。ブリ・コラージュの料理は冷蔵庫の中を片付けるための料理。毎回、栄養バランス良くて美味いわけではありませんし、お腹に余分な脂肪もつきますが、食品廃棄は防げます。社会とは、この両者がせめぎあう最前線に「両者にとってイイ場所」があるというヴィジョンによって成り立っています。

タグとレッテルを外す

しかし、やっぱりタグ付けもレッテル貼りも同じ機能です。人間は善悪・好き嫌い・快不快を思考によって停止させ世界を明瞭に認識できるかもしれません。しかし、善悪・好き嫌い・快不快によって人間社会はつくられています。しかし、個人の脳内なら可能です。

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